カナダ・ジャスパーの山火事に遭遇、避難した時のこと。

アメリカ駐在生活

アメリカ駐在中、一番好きな旅先は?と聞かれると、カナダのジャスパーと答えています。

カナディアンロッキーの山、湖、氷河はとても美しく、野生動物にも遭遇できます。

また、バンフほど観光客がギラギラしていないので、幼児・犬連れにはとても居心地が良いです。

そのジャスパーで2024年に大規模な山火事が発生しました。

災害のことを書くのもどうなんだろうと思いつつ、忘れられない出来事であることは間違いないので、前後の行動含めてまとめておくことにしました。

2024年7月22日に起こった大規模な山林火災がジャスパー国立公園の約3%(327平方キロメートル、東京23区の約半分に当たる)を焼き、人口約5,000人の町の建物の3割を焼失させた。その中にはホテルやロッジといった観光施設も多く含まれていた。住民は避難を余儀なくされ、地域を支える観光業は停止し、甚大な被害を受けた。この年、ジャスパー国立公園を訪れた観光客の数は前年比46%にまで落ち込んだ。

Day0 山火事発生前日

7月21日、マウント・ロブソン州立公園からジャスパーへ。

ジャスパーの西に位置するロブソン山は、西海岸からアクセスした時に最初に出迎えてくれる独立峰です。実はカナディアンロッキーの最高峰。

この場所はお気に入りで、前の年はトレイルを歩いてキニー湖まで足を伸ばしました。

忘れられない絶景の1つです。

 

公園内で昼食をとってゆっくりしていると、レンジャーから娘へぬいぐるみをプレゼント。

このぬいぐるみは今でも大事に保管しています。

翌年の夏は日本に帰国しているため、この公園を訪れるのもおそらく最後。

ロブソン山に名残惜しさを感じつつ、ジャスパーへ向かいました。

(すぐに避難して来ることになるとは)

 

道中、標識が火事の危険性が極めて高いことを示していました。

 

市街地で買い出し後、滞在拠点となるWhistlers Campgroundへ。

 

カナディアンロッキーを巡る我が家の夏のイベントでは、長いロードトリップの途中でキャンプを挟むのが通例になっています。

前の年はBanff、この年はJasperのWhistlers Campgroundで3泊し、観光の拠点にする計画でした。

 

リフォーム直後で、設備も超充実。とても居心地の良いキャンプ場です。

シャワーとトイレはとても清潔で、スマホ充電用ロッカーまで設置されていました。

 

北米のキャンプ場ではよくあることですが、朝と夕方はエルクに会える可能性が高いです。この日も遭遇できました。

 

このようにして、ジャスパー滞在1日目がおわりました。

 

Day1 山火事発生日

AM9:19

テントで起床し、遅めの朝食です。

この日は前の年に行けなかった名所を巡ることにしました。

 

PM12:49

まずはマリーン溪谷。

狭く深い岩壁に囲まれた渓谷は「屋根のない洞窟」とも称され、上から見下ろす景色が絶景です。

 

遊歩道が整備されているので、幼児・犬連れでも安心して溪谷を散策できます。

 

立派なレストランも併設されていました。

ギフトショップでは、帽子、パーカーなどを購入。

 

PM2:09

移動中、角の立派なエルクに遭遇。

 

PM3:21

エンジェル氷河を見るために、イデス・キャベル山へ。

 

パス・オブ・グレイシャー・トレイルを歩いて、駐車場から0.6マイル先の展望台を目指します。

 

 

絶壁に挟まれるようにあるのがエンジェル氷河。羽根を広げた天使に見えることが由来だそうです。

 

PM5:24

キャンプサイトへの帰り際、ジャスパーのシンボルで写真撮影。

ガソリンは残り僅かでしたが、疲れていたので翌日給油することにしました。

 

PM8:30

夕食後。灰色の霧が迫っていました。

まさか山火事の煙だとは想像できる訳もなく。

 

PM10:00

テントの中で明かりを消した時に、Emergency Alertを受け取りました。

火災警報。ジャスパー国立公園からすぐに全員避難すること

どういうこと?

これから寝ようって時なのに・・・。

テントから出て、RV車が爆速で避難する様子を見て、事態を受け止めました。

空からは灰が降ってきていました。

 

妻と協力して倍速で撤収作業を行いましたが、終わる頃にはすでに避難の車の列が。

しかも全く動いていません。

ガソリンも僅かだったため、逃げるのを諦めて、渋滞が収まるまでその場で待機せざるをえませんでした。

 

PM11:14

待機中に眺めていた渋滞の列です。

逃げたくても逃げれない。ヤバいなあと。

 

その後もアラートは頻繁に更新されていました。

身分証・重要書類・薬・ペットを連れていくこと

市街地に火が届くまで最低5時間は猶予がある

5時間以内に16号線をBritish Columbia方面へ逃げること

 

Day2 避難開始

シャワー・トイレ棟が近くにあるので、その点は安心でした。

電気が落とされていましたが、施錠されず、水道も使えていました。

AM1:00頃

見回りの女性レンジャー2人組が車やってきました。

『何してるの?もう山火事が15マイル先まで迫ってきているの。』

『15マイル!?』

『そう、だから早く避難の列に並んで。』

『わかってる。でもガソリンが少ししかなくて・・・、渋滞で消耗したくない。』

『ガソリン無いの!?それは深刻ね。わかった。でも逃げ遅れそうになった時に他の車に拾ってもらえるよう、列の近くまでは移動して。』

『了解。確かに、その方がいいね。』

 

幸運にも出口すぐ側のサイトに泊まっていたので、取り残されることはないだろうとは思っていましたが、車の列の近くまで移動しました。

 

AM3:00頃

さらに待つ事2時間、レンジャーが声をかけてきました。

『渋滞が解消されるから、もう動き始めて大丈夫。』

『OK。次の街までガソリンがもたないんだけど、給油できるところある?』

『まだ市街地は大丈夫。左折せずにまっすぐ市街地に入っていって、給油してから避難して。』

 

レンジャーは、設置されたままのテントの中に人が残っていないか、1つずつチェックしていました。

緊急事態下で彼女らはとてもカッコよく、一人一人が強いと言うか、威厳を感じました。

 

AM3:36

市街地へ逆走し、まだ営業を続けてくれていたCANADA-PETROで無事に給油。

一番ホッとした瞬間かもしれません。

 

AM3:58

ジャスパー国立公園のゲートを通過。公園外へ避難出来ました。

 

AM5:00

マウント・ロブソン州立公園に到着。

Parkingには入れなそうだったので、路肩に駐車。

避難もひと段落したので、睡眠をとることにしました。

避難指示を受け取って7時間後のことです。

 

AM7:14

起床。園内の駐車場へ移動。カフェが営業を開始していたので(もちろん満席)、トイレだけ借りました。

 

その後は、朝食を食べたり、再びマウント・ロブソン州立公園内でのんびり過ごしました。

 

AM11:20

可能であればジャスパーを突っ切ってエドモントンへ向かいたかったので、そのまま待機。

昼食にインスタントラーメンを食べました。

 

地図を広げていたレンジャーに話を聞くと、火災は広がっていて、少なくとも数日はジャスパー国立公園へは入れないとのこと。

 

PM12:07

ジャスパーを通り抜けることを断念し、カムループスまで引き返すことにしました。

州立公園の出口では、ジャスパー方面への道はすでに封鎖されていました。

 

電光掲示板。『避難者は、ブリティッシュコロンビアの緊急情報を確認すること』

 

PM5:27

およそ300マイル先(480km)、サーモンアームという街のホテルに無事到着しました。

山火事に関わる話はここまでになります。

翌日以降、カルガリーに向けてロードトリップを再開しました。

 

山火事の被害状況

後日、大変な被害状況も明らかになってきました。

ここで紹介する写真や情報は、全てカナダ政府のFire Information and Updatesから持ってきています。

 

火災発生日(7/22)の山火事の範囲に、私たちの当日の動きを重ねてみました。

赤枠が火災エリアになります。

 

 

2日後の7/24。我々はすでに避難していましたが、火災は大きく広がり、市街地、キャンプ場、マリーン溪谷、イデスキャベルへ向かうルートも被害エリアに包まれていました。

 

いくつか、写真を紹介します。

避難前に給油したガソリンスタンドも被害に遭っていました。

 

ジャスパー市街地は、ホテルなどを含む、全体の1/3ものエリアを消失してしまっていました。

 

宿泊していたWhistlers Campground。

赤矢印が、泊まっていたサイトです。木の密度が低いためか被害は比較的小さいように見えます。設備も無事そうです。

 

しかし、ジャスパーの中でも山火事の中心部にあったキャンプ場は燃え尽くされてしまいました。

 

当日に訪れていたマリーン溪谷は、甚大な被害を受けたそうです。建物、遊歩道に限らず、草木も失われてしまいました。

 

同じく山火事発生日に訪れていたイデス・キャベル山へ向かうルートも。

 

アメリカの自然災害は、竜巻や山火事によるものが多いとされています。

その為か、皆危機感が高く、今回の山火事でもレンジャーを中心にスムーズな避難が実行できているように感じました。

日本人としては馴染みのない事態でしたが、良い意味で同調性バイアス(集団の中にいると他人と同じ行動をとろうとする心理)が働いた点もあったかなと思います。

なんの前触れもなく災害に巻き込まれること。

そんな時にどう動かざるをえなかったのか。

アメリカ・カナダ在住者にむけた情報共有となれば幸いです。

おわり。

スポンサーリンク